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主筆:川津昌作
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論文「Amazonが街にやってきた」書評

〈2021年3月10日〉

さて今回のテーマであるが、前回ニュースレターも案内しました、 本年度の日本不動産金融工学会学術大会にゲストスピーカーとして 登場された、吉田二郎氏の論文を紹介いたします。

  論文名から想像できる通り、Amazon本社が都市に移転したケース の地価の変動に関する研究論文である。Amazonの本社移転という 現代のシンボリックなイベントに対して、候補の都市を含めた決定 した都市で地価がどのように変動したかという視点から、普遍的な 市場論を展開し、かつ非常に野心的な結果を得ることができた興味 ある論文である。

  吉田氏の経歴に触れておこう。東京大学を経て、フルブライト(国 の全額費用負担で留学)によりバークレーで博士号を取得した。そ の時の博士論文が全米都市不動産経済学会賞を受賞し、現在内外で 不動産関連の政策の重要なポストについている。しかし軸足が日本 の大学ではなくアメリカの大学にある点が特徴である。日本の大学 には彼に適した居場所がないのが私どもの見方である。

  さて2017年9月、それまでシアトルに本社を置いていたアマゾン が、第二の本社を作る計画を打ち上げた。移転による経済効果など そのインパクトの期待は大きなものであり、全米で238の都市が手 を上げた。そして2018年1月に20の都市に厳選された。いずれも 全米の主要な都市ばかりである。

  その様子は「Amazonがわが街にやってくる」が、ある意味社会記 号にもなったぐらい、アメリカ中で大きな話題となった。当時 Amazon本社のあったシアトルの規模が東京ドームの1.7倍の 75,000平米の土地に33の建物を擁し、40,000人の雇用を生み出 し、13,000にも上る関連ビジネスを生み出していた。市に250億 ドルの売り上げをもたらし、当時Amazon関連の来客者で年間 233,000日分のホテルを稼働させていた。

  そして、この20都市の中からさらに厳選されて2018年11月にニ ューヨーク(NY)のロングアイランドと、バージニア(VA)の クリスタルシティの二つが最終候補に残る決定がなされた。ところ が2019年の2月にNYが立候補をキャンセルすることになる。こ のNYでの騒動は日本でも報道された。

  このNYとVAの二つの都市に決定される前に、ワシントンポストと ウォールストリートジャーナルが、決定都市との間で事前の話がで きているなどに関するリークがなされ、同時にNYではAmazonのよ うな利益を上げている巨大企業の誘致に、巨額の補助金による誘致 インセンティブを出すのはどうか?という反対運動が起きてしまっ た。

  最終的に、事前打ち合わせの取り決めの守秘義務に関する訴訟問題 にまでなり、Amazonの幹部による謝罪などの社会問題にまで発展 したイベントである。この一連のイベントで時系列で地価がどのよ うに変動したかを実証研究したのがこの論文になる。

  結論は、市場論で重要なテーマである効率的市場仮説(Efficient- market hypothesis)における効率度がストロングな市場であるこ とを証明した。効率的市場仮説とは市場の効率的度合いをストロン グ、セミストロング、ウィークの三つで説明する仮説理論であっ た。

  2013年のノーベル経済学賞に、このテーマで効率性を支持するユ ージン・ファーマと、効率的ではなくバブルが予見できることを行 動経済学から解き明かすロバート・シラーが受賞している。このロ バート・シラー博士は、グローバル住宅市場のベンチマークとなっ ているケース・シラー全米住宅価格指数の生みの親である。

  効率的市場仮説とは大学のファイナンスに登場する「仮説」理論で ある。市場では常にいろんな情報が生まれる。例えば新薬品が開発 された。どこかの国の国債がデフォルトした。自動車業界で大規模 なリコールが発生した。様々な企業スキャンダル。貿易紛争で輸出 入がストップした。自然災害で重要なグローバルサプライチェーン が機能停止した。等々だ。

  これらの情報は、常に市場では、織り込み済みで、市場参加者がす べて公平に知りえており、それを前提として市場(価格)が動いて いる考えが効率的市場論である。しかし実際の証券市場などを見て いても、常に新しい情報はインサイダー的な投資家が優先して利益 を得ることができ、これらの情報を知っているか知らないかによっ て利益が変わり、必ずしも効率的ではない。

  効率的で、すべての情報を常に市場が織り込んでいるとすると、市 場は特定の人だけが利することができず、プライオリティ的な利益 を読むことができない、所謂ランダムウォークになる。株価が千鳥 足のように読むことができない状態である。現実にはこのような効 率的な市場はない、もしくは測定できないという理由でこの理論が 「仮説」になっている所以である。

  前述のノーベル経済学賞のファーマは、市場は効率的であること仮 説ながら支持し、ロバート・シラーが長期の統計(ケースシラー住 宅価格指数)などからバブルは予見できる、つまり効率的ではない という理論を展開したことになる。

  と言う事で、効率的市場仮説論では、証券株式市場では完全 (hully)な効率的ではないが、それに準ずるセミストロングな市 場という位置づけがされている。つまり何らかの新しい情報によ り、市場ではその対象となる商品価格が跳ね上がる。したがって何 等かのインサイダーなプレーヤは、前持って利益を得ることが可能 な市場とされる。

  これに対して、従、来特に日本の不動産土地価格の市場では、効率 性が低いウィークな市場とみなされてきた。残念なことに、昔から ファイナンス学者の多くが、証券市場に対して、不動産市場の参加 者が劣っているような見方をする輩が非常に多くいる。

  これは土地取引には、証券取引に比べて様々な制約があり、何かの 情報を得たからと言ってすぐにそれに対応する資産を売買すること はできないからだ。何らかのリスクファクターに対して価格弾性値 が低いと一般的に見なされてきた。日本のファイナンスの学者の多 くが不動産経済に関心がないのもそのゆえんである。優劣ではな い。

  現実に考えても年に一度の鑑定制度による地価の公示制度下では、 何らかの情報が織り込まれるのも一年後である言う制約があり、そ の他税制、民法、建築開発上の法・規制制約、慣習制限があり、イ ンパクトがすぐに市場に反映されることは難しく、様々なバイアス を平準化するのに当然時間を要する。制度自体の問題でもある。

  しかし最近、例えば今回のコロナ禍において、リモートビジネスが 多用される中で、時間をおかず、都心からやや離れた周辺部の住宅 需要あるいは、東京都心から離れた軽井沢などの地価がセカンドハ ウス需要ですぐ価格に影響が出るなど、リスクファクターに対する 価格弾性値が高まってきている。

  これは、地価情報にインフラが整備され、地価情報が市場に与える 影響が大きくなり、ある意、セミ効率的仮説が当てはまるようにな ってきて来ているわけだ。

  このように、この効率的市場仮説に関する研究は、従来の研究の多 くが効率的度がセミストロングか、ウィークであることを検証する 研究が多かった。ところが今回の論文ではバージニアのクリスタル バレーでの住宅市場がストロングであったということ結論付けたの である。

  論文の、データ、モデル式については解説を省くが、住宅価格のプ レミアム上昇分を測定し、結論を導いた。バージニアでは最終決定 の前に住宅価格が4.3%上昇したが、決定後におけるそれ以上のプ レミアムは見られなかった。つまりインサイダー的な利益は発生し なかったことになる。

  一方決定前にNYは、17.5%住宅価格が上昇し、大きな価格ジャン プが生じ、キャンセル後急落した。インサイダー的な利益の可能性 がありかつそれが、決定後喪失したことになる。

  バージニアにおける決定において、価格がジャンプをしなかったこ とが、すでに情報が市場に織り込まれており効率性が高いことを立 証する根拠となったわけである。

  この論文の秀逸な点は、仮説でしかなかった効率的市場論が示され たことである。しかも不動産市場のケースで実証されたことが、 我々として胸をはれる気がする。

  ただ論文として、効率的市場仮説証明するというインパクトがある 実証にしては、説明不足のところも散見される。野心的なという表 現が当たるのかもしれない。NYが最終的にBAに敗れたのではな く、キャンセルということで最終的にVAに決まった。このキャン セルイベントがNYの価格変動に何らかのバイアスはなかったか?

  また当然ではあるが、NYとVAが競いあえば当然投機マネーはNY に向かうはずである。その分VAは安定的な価格変動に落ち着いた のではないだろうか?また反対に投機マネーを集めた分NYの乱高 下が大きかったのではないか?等々。これは私どもの疑問である。

  しかし確実に言えることは、日本の東京でも前述のように価格の弾 性値が高くなり、市場の効率性は確実に改善されていると、実務的 にも感じる。もっとインデックスインフラ整備されて、市場性の質 が高まっているアメリカにおいて、効率性のストロングが証明され る事は決しておかしくはないとも考えられる。

  日本ではまだまだ、企業誘致における行政手続きの不透明性が非常 に高い。日本の市場もアメリカのように効率性が高まる方向に行け ば、おのずと投資マネーも集まるグローバル投資都市となろう。

  実はアメリカの経済学会には、例えば犯罪が多いと地価にどのよう な影響を与えるか?所得の高い低いは地価にどのように影響するか といった、効率性に関する研究論文を頻繁に見かける。ある意味日 本ではタブーである。

  参考文献“Amazon is coming to town: Private information and Housing market efficiency” Jiro Yosida 他 2021 その他“Amazon is coming to town”で検索されるネット情報

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