ニュースレター
主筆:川津昌作
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民事基本法制の見直しと所有者不明土地問題
〈2022年6月1日〉
表題の件、久方ぶりに不動産の法律問題をテーマに議論したい。過
日、日本不動産学会において表題をテーマにしたシンポジウムが開
催された。立案担当者はじめ不動産の有識者を集めた有意義あるア
ナウンスメントであった。
今回の法制見直しの大きな骨格は、相続時に従来では未登記が横行
し、それが所有者不明土地問題の元凶になっていたことに対する抜
本的な対策である。
そのため、相続時に登記をしなければならない様々な法スキームが
詳しく設けられた。その結果従来は相続による登記を仮にしなくて
も善意による未登記となったが、未登記を放置する場合ケースによ
っては過料対象となる。これが一番大きな改正である。
そのほか不明土地に対する管理者の設置や、不明土地あるいは建物
の新たな取得に関する法スキームが設けられた。これらの子細につ
いては今後いろんなところで紹介されることになろう。
今回当ニュースレターでは、パネラーの一人である日本大学の中川
雅之氏の経済学者からのユニークな問題提起をご紹介したい。中川
氏は今回の改正案を否定するのではなく、コストがかかるがそれで
もやらなければならないのではないか?と言うアンチ提起をしてい
たと考える。以下氏の報告紹介である。
まず世界を俯瞰すると、登記システムには大きく二つの種類があ
る。例えばアメリカのように、ある不動産の取引をただ記録するだ
けで、その記録自体には特に対抗要件がない登記である。
アメリカでは、不動産売買を行うときこの取引記録を調査して現況
の法的当事者を確定して、取引を行い新たな登記記録を行う。この
記録自体には対抗要件がないため、法的権限のない相手、なりすま
しの相手と取引をしてしまうリスクが生じる。
そのために不動産取引業者以外にエスクローと呼ばれる第三者機関
を取引に介在させる。不動産売買では、エスクローエージェンシー
が買主から直接代金を受け取る。
最終的に抵当権の解除など登記手続きを終えて問題なければ、エス
クローエージェンシーから売り主に代金が支払われる。解りやすく
言えば、登記記録自体に対抗要件がない信頼性がないために、この
ような第三者機関を介在させてリスクを担保するシステムである。
アメリカの商慣習では、売買であれば売り主と買主と言う当事者の
ほかに神が存在し、神の下で契約が行われ、神に誓って契約事項を
履行する約束が契約の原型にある。
つまり当事者間の信用欠陥を第三者機関に介在させ補填する考え方
が当たり前である。これは別の見方をすると、取引の信用完備性に
コストをかけすぎないという合理主義があるわけだ。
これに対して日本は、同じように取引をイベント順に受け付けて記
録する登記記録ではあるが、日本では、正確に登録された印鑑証
明、印鑑などで身元を確定するなどして、取引の信頼性を担保する
ことにより、信頼の高い登記自体が対抗要件になる。
アメリカに比べて、印鑑の使用、印鑑の登録、印鑑証明の所在と言
ったぐあいに何重にも信頼性を重ねることにより、アメリカに比
べ、同じ記録と言えども対抗要件を備えるくらい信頼性があるもの
となっている。
このアメリカ型と日本型の根本的な違いは、信頼性を担保するため
に多大なコストを日本はかけていると言う事である。アメリカはコ
ストをかけた記録システムではないために、その分信頼性がない。
中川氏は、この市場のデザインコストに注目して経済学的分析で登
記システムの変遷の有効性を問題提起した。
氏の研究によると、大まかな説明になってしまうが、不動産価格が
高い、収益が高い市場(国)では日本のような、市場デザインに高
いコストをかける。不動産価格が一般的に低く、収益も低い国では
高い市場にコストが設定していない傾向があるとしている。
で、この考え方によると、今回の法改正は、従来、相続において登
記がなされなくても社会が回っていた。しかしそれが所有者不明な
問題等を起こすようになり、高い市場コストをかけて信頼を担保す
るシステムに市場をデザインしなおす必要がある。これが改正の趣
旨である。日本型の更なる深化である。
しかし今後日本が少子高齢化社会に入り、人口の縮小で、このよう
な市場の高いコストを負担することできなくなり、むしろこの高い
コストが市場を破綻させるなどの状況になることが予想されるかも
しれない。それでもしなければならないかどうか?と言う問題提起
を行ったわけだ。
話が全く余分な余談にそれるが、昔これと同じことがあった。我々
名古屋で不動産業者を行っていた時、大阪の賃貸市場の話に大変興
味があった。昔、昔大阪では住居の賃貸時に家賃の10か月以上の
敷金が設定されていたことがある。当時名古屋では概ね3−4か月
である。
この説明が、入居時の審査が大阪ではほとんどない。そのための担
保が高い敷金となっていたという説明を聞いた。当時から大阪では
多くの外国人がいておそらく審査差別が生じないための仕組みであ
ったのかもしれない。
名古屋では、敷金が低い分、紹介などの信用がないとなかなかいい
部屋が見つからず、特に外国籍の方には非常に冷たい市場であった
かもしれない。信用とコストの関係は経済学的な市場デザインの重
要な要素であった。
さて話を戻して、中川氏の問題提起は、「経済的考察では、このよ
うな考えがあるが、それでも今この改正をやらなければならないの
ですね。」と言う事を皆に確認させる問題提起であったと推察す
る。
今回の当ニュースレターの結論も、相続の市場のすそ野が広がり、
多くの人が参加する中で、従来の善意が維持できなくなってきた。
この改善対策が今回の法改正であり、それは市場コストの大幅なア
ップである。そしてそれは今後近い将来逆に市場を維持できないよ
うな障害のコストとなる可能性がある本質的問題があると明記した
い。
ステレオタイプで言われている少子高齢化社会の対策は、生産性の
向上である。市場コストのアップは生産性の劣下である。今これと
同じことが日本中あちらこちらで起きているわけだ。
会社組織で生産性を上げるためには、一番仕事ができる者に一番重
要な仕事を集中させることである。しかしそれは組織内で格差を生
み、格差問題が大きくなれば全体では生産性を落としてしまう。そ
れでもやらねばならない現状。
東京を更に進化させて世界の都市間競争に勝つことが、日本経済の
戦略的な最適解である。しかし国内では地方と東京の格差を生み東
京の過集積問題、地方の過疎化のギャップはかえって日本全体の生
産性を劣下させている。それでもやらねばならない現状。
現状打破ができない状況、それはまさにナッシュの均衡状態であ
る。
参照:2022年度春季全国大会シンポジウム
主催 公益社団法人日本不動産学会
「民事基本法制の見直しと所有者不明土地問題」
シンポジウム参加者名簿
今川嘉典(司法書士,日本司法書士連合会前会長)
大谷太(法務省大臣官房参事官)
小柳春一郎(獨協大学法学部教授)
中川雅之(日本大学経済学部教授)
吉田修平(弁護士)
吉原祥子(公益財団法人東京財団政策研究所 研究員・研究部門主任)
藤原徹(横浜市立大学客員研究員、株式会社トポロジ執行役員)
松尾弘(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)
以上
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