ニュースレター

主筆:川津昌作
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ウォーカビリティー概念

〈2022年12月15日〉

先般、日本都市計画学会の全国大会(12月3,4日)が開催され た。気になったのは、表題のウォーカビリティー関連の研究報告が 多く登場していた事だ。最近急速に注目を集めだした新しい概念で ある。最近注目される背景、あるいは既存の他の概念との整合性を 一度整理したい。

2020年令和2年より「まちなかウォーカブル推進事業」として、 全国でプログラムの募集が始まり、それに対して国(国土交通省) から補助金がでる制度が始まった。

これにより現在、全国で336の都市が推進の手を挙げている。愛知 県だけでも17の市が登録されている。一方厚生労働省の「国民の 健康の増進の総合的な推進を図るための基本的方針(健康日本 21)」でも取り上げられている概念である。行政制度がインセンテ ィブとなっているわけだ。

今回は、この急速に注目を集めだした「ウォーカビリティー」と、 既存の街づくりの議論で重要視されてきた人の流量概念である「回 遊性」、人の消費買い回り行動である「消費者行動」を加え、3つ の概念の比較から理解を進めたい。

ウォーカビリティーを理解するうえで、入門的論文として 「Walkabilityの概念整理と日本での適用に向けた課題に関する研 究」森本章倫他2021を上げておく。もう一つ比較として回遊性研 究論文「都市の回遊性の概念化に関する考察」川津昌作2015を上 げておく。ネットでも公開されているのでぜひ参考にしていただき たい。

まず上記森本論文で使われているキーワードを使って、現在のウォ ーカビリティー概念を解説しておく。森本論文によると、ウゥーカ ビリティーは、都市計画分野と公衆衛生学分野の複合的なものとし て、まずアメリカで概念化された。

アメリカ社会の自動車社会の反省から、歩行の重要性つまり公衆衛 生の研究が出発点となっている。これに対して日本での研究は多少 異なり、アンチ自動車としての公衆衛生的立場より、公共交通機関 をベースとした歩行空間とのアクセシビリティーを前提としてい る。としている。

日本の他のウォーカビリティー論文研究でも、森本論文が指摘する ように、アンチ車社会からの公衆衛生と言う視点だけでなく、公共 交通機関とのアクセシビリティー、歩行空間の景観的背景、そこか ら生まれる歩行の快適性などを創造する都市構造論に、もっぱら関 心が集まっているように見える。

そして既存の他の消費者行動、回遊性概念と大きく違う点がここに ある。アンチ自動車としての健康に貢献する歩行空間の創造、もし くは公共交通機関とのアクセシビリティーをベースにした歩行空間 の違いがあれど、歩行が健康増進・快適性に効果があるという公衆 衛生議論が一番のメインとなっている。

このウォーカビリティー歩行空間が、国の行政主導の制度が施行さ れたことにより、最近急速に全国で整備普及が進んでいる。見方に よれば、概念普及よりも制度整備の方が進んでいる現状がうかがわ れる。

消費者行動論は、人の商業的な利益満足の創造がその最終的な便益 であり、消費者が求める財物だけでなく時間の有効な消費の為の買 い回り行動の理論であり、その理論が都市構造に与える影響がコン セプトのベースにある。

回遊性論は、そもそも回遊行動の範囲が、人の歩行だけでなく自動 車、自転車、バス、公共交通機関あるいは周遊フェリーに至る広範 囲な広義の回遊性を概念化している。

特に大都市の集積した商業エリア・施設内での人の流量の生産性を 高める戦略的な商業価値に対するニーズが高く、消費者行動と同様 に社会制度にはなじまず、市場の戦略的インセンティブが強い。回 遊性の最終便益は都市・エリアと言う器に蓄積する価値、魅力とな る。

ウォーカビリティーの日本での運用の典型例が東京銀座などで行わ れる時間的、空間的に極めて狭い空間で限定する「歩行者天国」で ある。これは最近の論文にも登場する15分歩行空間を意味する。

15分歩行空間とは、行政的に1分80mを歩行規定すると1.2km の空間でしかない。そこで自動車、自転車を排除して安全、健康が 促進される極めて地域的時間的な限定的空間のマネイジメントを目 的としている。

東京銀座の歩行者天国が、健康増進を一番のメインの目的としてい るかどうかは大きな疑問であり、回遊性、消費者行動が求める帰結 である都市の価値、商業的利益が優先されているようには思うが、 ウォーカビリティー概念で説明されると、歩行者の健康、快適性、 安全性がメインの目的となる。

まとめるとウォーカビリティーは行政の制度論であり、消費者行動 は商業者の利益追求理論であり、回遊性は商業エリアの戦略的な都 市の魅力を蔵業するための理論である。ただ健康増進と言う概念は 今後の高齢化社会、コンパクト社会において必要になる概念でもあ る。

改めて森本論文で登場するキーワードを上げておくと「公衆衛 生」、「街路の接続性」、「景観性」、「歴史的景観キャラクタリセ―シ ョン」、「健康増進」、「歩行の質の高い街路」、「アクセシビリティ ー」、「安全性」、「快適性」、「歩行行動の欲求段階理論」である。

ウォーカビリティーは地域的、時間的に極めて限定された空間で、 これを実践することによる便益は、健康の増進と言う事になる。そ してそれを実現するための都市マネイジメントの制度論として今注 目されている。

領域展開を見ても、消費者行動は時間的、場所的制約がなく、更に リアルとネットの境界もない。回遊性は空間特定が必要ではある が、回遊性の属性により、都市全体、エリア全体、地域全体等領域 が広範囲である。そしてウォーカビリティーは15分歩行空間とな る。

このように考えると、消費者行動概念、回遊性概念、ウォーカビリ ティー概念は、相反する対抗的な概念ではなく、むしろ組み合わせ ることにより、より大きな相乗効果が期待できるはずだ。

しかし、どうしても行政的立場の担当者と、消費者行動・回遊性の 商業的価値・魅力を追求する担当者とが、距離を取ってしまい、時 には相反するのが現実である。

筆者としては、この無意味な距離感こそ、学際領域を超えて研究し なければならないポイントだと考える。都市と言うのは経済活動、 社会生活の器である。セクショナリズムで壁を作ってしまう研究手 法こそが一番の大敵である。

最近のことであるが、名古屋の久屋大通り公園の再開発でウォーカ ビリティー概念が登場していた事において非常に違和感があった。 そもそも公園は歩行者のためのものである。それを歩行空間として 制度設計しなおすことはいかがなものか?商業的魅力増進目的再開 発であるならなおのこと、なぜウォーカビリティーなのか?と言う 疑問である。

しかしその便益が、今後ますます必要になる健康増進であり、その ための工夫と言う制度論においては、なるほど使える概念ではない かもと考える。

もう一つ、最近名古屋市が打ち上げた名古屋駅の第二のコンコース 構想である。これも新たに名古屋駅前で健康増進と言う便益を付加 する制度的な裏付けがなされるもの面白いのではないだろうか。も ちろんエリアマネージメントの回遊性、消費者行動論との融合が前 提であるが。

コンパクトシティーの中で、健康増進のための歩行空間を制度的に 創造する考え方は必要である。今後の少子高齢化、コンパクトシテ ィー構想の中で、都市マネイジメントのニーズの一つとなろう。

しかしそれはごく限られた歩行空間の話である。必ずしも都市マネ イジメントの中心的概念となるわけではない。様々な概念との整合 性があって初めて都市が成り立つことを忘れてはならない。

以上

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