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主筆:川津昌作
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「何もしない方が得」に陥っている日本とは?

〈2023年3月20日〉

又、アメリカで大きな金融破綻の大連鎖が起きている。貯蓄組合か らリーマンショックに続き20-30年に一度の周期で起きている。今 回のキーワードは投資家保護ではなく、預金者の保護だ。また新し い銀行の国際決済基準が更新されることになるだろう。以上前置き

「何もしない方が得な日本」と言う本がPHPから出版されて、話題 になっているようだ。私どもは読んでいないため論評はできない が、今さらながらこの言葉が蔓延する日本こそに、一番懸念を抱い ている。

「何もしないことが自分にとって最適な解である。」これはゲーム の理論の、所謂非協力型ナッシュ均衡に陥っている状況である。ゲ ームの理論とは1950年ごろ生まれ、近年10数年にわたりノーベル 経済学賞の対象となってきた支持された経済理論である。

今の日本は「不動産」を「負動産」と称したりして、「何をしない ことが得」を連呼してリスクをあおる解説ばかりである。今回のニ ュースレターは、「何もしない方が得」を連呼し、危険をあおるこ とが目的ではない。すでにナッシュ均衡研究で明らかになってい る、均衡からの抜け出し方を実務に合わせて議論することである。

ゲームの理論のなかでも、ジョン・ナッシュの非協力ゲーム研究が 有名で彼自身ノーベル経済学賞を受賞し、そこからナッシュ均衡と 呼ばれる著名な均衡理論がうまれた。ジョン・ナッシュの人生は、 ラッセルクロー演じる「ビューティフル・マインド」というハリウ ッド映画にもなり、アカデミー賞も取っている。

最近の日本では、日本大学の中川雅之教授が、日本の住宅市場はナ ッシュ均衡に陥っていることを論じた有名な論文「中古住宅流通活 性化と住宅関連産業の将来像」(2014年都市住宅学85号)があ る。

ナッシュ均衡とは、ゲーム参加者のだれもが協力しないことが、 個々の参加者の最適な解になるような均衡状態をいう。つまり市場 に参加するものが何もしないことが、自分が最も得するような市場 状況を指す。

日本の住宅市場を簡単に説明すれば、現況空き家率13.5%ともい われる問題がある市場となっている。しかしそこでは、市場参加者 つまり住宅の持ち主・購入者が、購入した家に何か新たな市場価 値、投資的競争優位ある価値を生むような再投資をするかと言う と、殆どなされない。修繕すら消極的な何もしない市場である。

理由は、再投資しても得をしないからである。再投資しても中古市 場でそれが売却価値に評価されにくい。再投資しても税制優遇を受 けられない。再投資しても金利が優遇されるわけではない。

下手にリフォームなどすると、建築違反で訴えられる。もしくは価 値が下がってしまう。そもそも建築基準法、消防法などの制限規則 は再投資をして価値を上げることを前提としていない。日本社会自 体が自由に個人が手を加えてかえることを望まない社会だ。

マンションの管理規約も、積極的に保守委管理を奨励するものでは なく、個人の勝手な保守管理をむしろ制限する規約である。建築基 準法、消防法も竣工時の状況を完全に保全する制限規約に等しい。

50年も前の分譲住宅ではインターネット環境も悪く、環境性能も 悪い。これらを改善したくも、管理自治組合方式及び規約がほぼほ ぼ障害となる。このような制限がある市場設計こそが非協力均衡を 生む原因ともなる。

日本の木造住宅の良いところは、リフォームのし易さにあった。し かし過去の神戸震災などで、改造された南の開口部分の広い家がす べて倒壊した。と言った日本の木造住宅の風評批判だけが一人歩き している具合だ。

かくして、日本では購入する住宅に、何か手を加えることが全くな くなってしまった。皆さん考えてみてください。家に金づちはあり ますか?どこにありますか?え、どこだったかな?あるはずだけど 最近使ってないな。と言う世帯主が普通である。つまり家の手直 し、修繕は全くなされていないのである。

では、何もしないことが参加者の利益の最大となる非協力均衡の反 対に、協力均衡とはどういうものか見てみよう。アメリカでは、ホ ームセンターなどのDIY産業が一般の消費者で大変賑わっている。 日本と反対に、普通に家人が家の修繕をおこない、再投資的リフォ ームをおこない家の価値を高めている。

アメリカの家ではガレージ、地下倉庫にたいてい工具が一式ある。 家人の趣味が家の修繕でもある。常に家の価値が下がらないように 市場参加者が皆、住宅の修繕、付加価値的リフォームをするから、 むしろしない人の方が不利益となる協力均衡である。

常に手を加えることが市場参加者の最適解になる協力均衡状態にあ る市場だ。アメリカの住宅市場がすぐバブル化してしまうのは、競 争して協力的利得を取りに行くから、競争が過剰になった時市場が バブル化して暴走する。協力均衡の悪い反面でもある。

常に家の価値を高めている市場では、住宅はどんどん価値が上が り、投資マネーを常に呼び込む活性化した市場になる。それを支え る産業がホームセンターであり、DIY産業である。日本でホームセ ンターは、建設業者の為の材料仕入れショップでしかない。

非協力の何も手を加えない日本の住宅市場では、当然新しい価値は 生まず、住宅価値の減耗だけが進むことになる。従来日本で起きて いた住宅バブルは、新築需要バブルであって、中古市場のバブルは ほとんど起きてはいない。

そんな価値の減耗がはなはだしい市場の資産を誰が買いますか?借 りますか?使いますか?使わなくなった家がすべて空き家になって もおかしくない市場である。

にもかかわらず空き家が13.5%で止まっているのは、日本の不動 産ビジネスがむしろ素晴らしいからだ。と言ってしまうと、自虐に なってしまうが。つまり何もしないことが、市場参加者にとって最 適な解となる市場とは、このよう長期停滞均衡状態を指すわけだ。

ナッシュの均衡研究では、誰かが通常のインパクトを加えただけで は、簡単に均衡が崩れないことが明らかにされている。この均衡を 打ち破る、均衡から抜け出すには、非常に大きなエネルギーがいる わけだ。

大きなエネルギーがいると言う事は、それによって非常に大きな利 益を生み、市場に大きなインパクトを与え、皆がそれに賛同し協力 を始めるくらいの解でないと、この均衡から抜け出すことができな いと言う事だ。

名古屋の不動産市場で分かりやすい実例を紹介しよう。2000年に JR東海の今の名古屋駅前のツインタワーが登場した。この2000年 以前訳20−30年間、新しい中高層の商業ビルが名古屋駅前と言 う名古屋市場にほとんど登場しなかった失われた時代であった。

その理由は、当時、一見不動産の商業スペースの需要と供給が釣り 合っていると解釈されていたからだ。協力均衡状態で需給が均衡し ていたのではなく、実は非協力均衡状態の長期停滞均衡状態にあっ たわけだ。もちろんこの間ビルの建設計画がなかったわけはない。

しかし一見需給が一致している状況で、新しい時代の技術を用いた ハイテクビルを建てても、満室にするのにコストがかかり得をしな いという考え方が蔓延していた。

そのような市場では何もしない方が得と言われ続けていたわけだ。 つまり市場参加者が何もしないことが最適解となっていた。その結 果新築ビルが20−30年間建たない失われた市場となった。まさに ナッシュ均衡の非協力均衡状態である。

そんな中、国鉄の民営化と言う国家の経済を大きく活性化させるこ とが起きた。その結果JR東海という新しい民営化企業が市場に登 場し、非常に大きなインパクトをもたらす巨大な駅前再開発事業が 登場したのである。

当時すべてのマスコミ、有識者がこぞって、需要もないところにそ んな大きなものを作って、供給過剰にして市場を破壊するのか?と ばかりの批判が続出した。

しかし、この市場を一変させる非常に大きなインパクトを持つ商業 施設の登場によって、それまでの名古屋都市経済の長期停滞均衡状 態が一気に崩れたのである。国鉄民営化と言う行政改革のインパク トを持った、新しい利益を生む巨大プロジェクトが均衡を打ち破っ たのである。

このインパクトがどれほど大きいものであったかと言うと、この商 業施設ビルに入店したJR名古屋高島屋がスタート当時全国店舗売 上10位であったが、現在4位にまでランクUPしている。百貨店ビ ジネスの終焉が言われている中で奇跡のビジネスモデルとなり、全 国地方のJR各社の旗艦駅再開発を誘発した。

これを境に、名古屋駅前で巨大再開発プロジェクトが列をなしたこ とは改めて言うまでもない。当時過剰供給の懸念を連呼した有識 者、マスコミこそが、この市場を長期停滞均衡に陥らさせていた扇 動者であったわけだ。革新的変革が彼らから解き放ったのである。

そして今まさに同様に、こう言った扇動者が日本の市場に蔓延して いる。不動産を負動産と言って懸念をあおる事ばかりが注目される 時代だ。もちろんそうなるにはなるだけの問題があるのも事実では あるが。市場設計の欠陥問題である。

しかし今では上記のようにナッシュ均衡を崩す方法も明らかになっ ている。にもかかわらず、目先の損失を連呼し、非協力均衡に陥っ ていることも気が付かず、均衡からの脱却に進もうとしないこと だ。

ナッシュ均衡などの長期停滞均衡は、例えば強力なグローバリゼー ション、或いはGAFAなどと言った巨大なパラダイムチェンジを引 き起こす革新的なチェンジメーカー、シンギュラリティ―を生むよ うな新しい技術、変人的なリーダーの登場によって均衡を崩せられ るのである。

日本が長期停滞均衡に陥っているのは、松下幸之助の家電ビジネス モデル、ソニーの映像技術、トヨタのハイブリッド技術に続く市場 のチェンジメーカーを世に出していないことに原因がある。

懸念を連呼するより、どうしたら均衡を打ち破るビジネスモデル、 リーダーを生み出すかを議論すべきだろう。「できない者はできな い理由ばかり探す。できるものはできるための情報をさがす。」

追記
若者が子供を望まない理由が「日本に希望がない」と言う新聞報道 がなされていた。子供を産まない方が得と言う非協力均衡に陥って いるわけだ。希望を語るのは政治家の役目だ。政治の凋落こそが日 本の凋落の象徴である。

ポピュリズムではなく、夢を語り、社会をその気にさせ変革をもた らす新しい政治の登場が社会の長期閉塞均衡から解き放す。政治が どうあるべきか?を議論すべきである。

                         以上

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