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主筆:川津昌作
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論文「社会的資本」評論

〈2023年4月1日〉

いよいよ名鉄レッジャクが閉じる。名古屋駅前のエンターテイメン トの象徴であり、名鉄の斬新なビジネスモデルの象徴でもあった。 さみしさを感じる。しかし長年不動産ビジネスを見てきて得た知見 としては、一つのビジネスモデルがなくなると必ず新しいビジネス モデルが登場する。

レジャックは、当時最先端のゲームセンターであり、飲食のエンタ ーテイメントの粋を集めて始まった。しかし今となっては時遅れと なった。しかし今同時に新しいゲームセンターが都心に登場し始め た。eスポーツだ。都心のフィットネスジムにとって替わろうとし ている。

どんなビジネスモデルも寿命で自然となくなるわけではないし、無 くなったから次が登場するのでもない。新しいものが登場して、時 には新に古が破壊されて、とってかわられるのである。これが長年 市場を見てきて得た学習だ。以上前置き。

今回は昨年8月に、海外の科学雑誌ネーチャーに掲載された著名な 論文「社会的資本(social capital)1,2」を紹介する。今年に なって日本経済新聞の経済教室にも登場した学者の論文である。

この論文の第一の特徴は、Facebookでつながりのある210億人の 友情(friendships)関係性、所謂ビックデータの実証論文であ る。過去にも同様の実証研究はあったが、せいぜい数百〜千程度の サンプル調査が限界であった。ついにビックデータによる全体像が 見えてきたのである。

第二に、この論文の結果は社会政策だけでなく都市政策にも大きな インパクトをもたすものと期待されている。“social capital1” “social capital2”で二つの論文に分かれているが、ネット上 で簡単に検索できる。英語の勉強のつもりでぜひ一読してほしい。

ちなみに日経(2023.3.22)の経済教室では「データが切り開く市 場・政策‐階層間の交流、上方移動の鍵」と言う題名で紹介され た。

まず「社会的資本」は道路、学校などのようなハードの社会資本で はない。ここでは社会が持つ様々な関係性であり、その効用が様々 な社会現象にどのように影響しているかを実証検証するものであ る。関係性とは学校の友達、仕事仲間、近所づきあい、あるいは宗 教的な第三のつながりである。

従来この社会的資本の測定が難しかったが、今回facebookの巨大 なデータを活用して可能になったわけだ。検証の方法は様々な社会 的資本を説明変数として、上方移動(upward income mobility)と 呼ばれる効用を被説明変数として検証する。

解りやすく言えば、社会の低所得者が高所得者になる事(上方移 動、upward income mobility)が社会経済全体の便益となる。とい う前提で、この上方移動がどのような社会的資本(関係性)によっ て効用を生むかを検証した論文である。以下では様々なEC、友 情、ボランティア、宗教組織、学校組織等々が社会的資本となる。

まず論文social capital 1では、経済的な上位と下位の違った人 達が経済的なつながりを通して、特に下位の所得層の人たちの中 で、上位の所得の人たちに多く友達がある人が、他に比べて上方移 動することをビックデータから導出している。

経済的ステータス(social economic status;SES)には、highと lowがある。しかしこのlowSESの人達の中で、highSESに、友達な ど多くの経済的つながり持つ人達の方が他と比較して上方移動す る。つまり上方移動に必要な因子がこのような経済的つながり (economic connectedness;EC)である。

もしlowステータスの親を持つ子供が、highステータスの親を持 つ子供が多い地域で育つなどして、highステータスな親を持つ子 度ともつながりECが高いと、highステータスの親を持つ子供同士 より平均で20%が、収入を高くすることが、今回のビックデータ の解析で証明されたのである。 ここでは上方移動をもたらすECがどのような社会的資本によって 説明されるかを、三つの社会的資本で検証している。一つが上記 ECであり、二つ目が友情的つながりであり、三つ目がボランティ アへの参加など市民参加のつながりである。

結論は一つ目のECが有意な結果となり、他の二つは上方移動を生 むことを説明できなかった。

友情的つながりが機能しなかったことの説明としては、例えば highステータスな人は、同じhighステータスな友達を持ちたがる と言う同質性(homophily)が強い。つまり同質性が機能する友情 関係性においては、異種の経済的つながりECがそれ程機能せず、 結果的に上方移動は少ない。ボランティア等への市民参加も同様で ある。

論文 社会的資本1の結論は、社会的ステータスの上方移動が社会 の便益であり、それは経済的結合ECによって起きるというもであ る。次に第二の社会的資本2では、このECの障害となる分断 (disconnection)は、学校・宗教などの「社会組織」と「友情バ イアス」と言う二つの社会的資本で説明できるとしている。

後者の友情バイアスは、上記でも説明したが友達の同質性が強く機 能し、ECの妨げつまり障害となる。論文では友情バイアスは組織 が大きければ大きいほど、組織の多様性が高ければ高いほどECに 対して妨げとなるとしている。

組織規模が大きければ大きいほど、小さく分裂しやすく、同質性を 形成しやすいと指摘している。同様に多様性が高いと、その中で同 質性を見つけて、同質性の高いグループ、派閥を作ってしまうから だとしている。

非常に重要なことを指摘している。日本の様々な論壇で、ステレオ タイプで多様性が叫ばれている。「日本の将来はいかに多様性にな るかにかっている」とばかりに。どんな提言、論文にも多様性イコ ール是である事が大前提である。

しかし多様性の使い高を間違えると、この論文ではECの障害とな ると言う事を示している。ちなみに日経新聞では、規模が大きけれ ば障害になることに指摘は明記しているが、この論文で書かれてい る多様性がECの障害となる文言が一切削られている。

これは当ニュースレター筆者の私見であるが、友達同士の同質性自 体は決して悪いものではなく、むしろ同質性が機能することによっ て安心性が生まれ結果クラス内で、安定した成長することができる はずだ。

しかし同質性にも当然限界があり、なれ合いが生じてしまう。その 弊害に対して異質性のつながりが違った化学反応をする。これが上 方移動を引き起こす、ECである。これに対しフレンドシップバイ アスは、お互いのステータス:SESを維持するECであるといえよ う。

日本では様々な論壇で、判を押したようにすべからく多様性が叫ば れる。多様性を言えさえすればすべてが解決されるような景色だ。 しかし本来、まず同質性によるステータス維持の効用が大前提にあ り、その弊害軽減として異種の結合が必要になるだろう私どもは考 える。論文が書かれたアメリカでは多様性が形成されている前提で 書かれている。

論文に戻って、宗教組織は学校・職場より友情バイアスが低いと指 摘している。つまり上方移動に効果があるとしている。今、日本で は、様々な宗教団体の行動が社会問題化している。このことがすべ からく、宗教すべてが社会的資本の障害と言うイメージを作ってし まっている。

あるべき論壇として、宗教団体の社会的資本としての大義をもっと 論ずる必要がある。それが結果的に社会的資本の障害となる粗悪な 宗教団体、似非宗教団体の排除ともなるはずだ。

論文ではこのような様々検証結果を経て、最終的に社会・市場デザ イン、都市計画の現場において、友情バイアスをコントロールして 有効な社会的資本で上方移動を高める方法を議論している。都市管 理者には非常に有用な議論である。

有効なツールとしては、一言で言えば様々な階層間の経済的結合を 促す「橋渡し」機能の必要性である。例えば学校の入試制度で、同 質性が高くなる均一な受験勉強審査ではなく、様々なクラスの結合 を学校の現場で実現する手法として入試を使う。そのためには入試 改革が必要となる。

友情バイアスが低くECを実現しやすいことが証明された宗教組織 も、都市政策には必要という事だ。まさに今の日本に必要な議論な のかもしれない。

論文では様々な実証事例も紹介している。例えばある学校では、食 堂がいくつかに分かれていたために、自動的にステータス格差の分 断が起き、また民族的分断も生じていた。ここで、食堂を一つの大 きなものしたことによって、分断よりもECを高めることができた 事例。

ある学校で、5クラスの能力別クラス編成を廃止して、より小さ9 クラスの多様性のあるクラス分けにしたことによって、ECを高め た事例。あるいは高所創者層向けスポーツジムで、低所得者のトレ ーナーを多く雇い入れたことにより、上方移動を生んだ事例などな どである。

以下は当ニュースレター筆者の私見である。文中にも述べたように 筆者はすべからく多様性至上主義ではない。安住が可能な同質性の 中で、適切な多様性の運用が今必要と考える。

しかし現在の日本の都市制度では、異文化、異種の出会いによる化 学変化は全く期待できない。学校、職場以外の他の組織に所属する こと自体、所属企業、企業コミュニティなどから忌み嫌われるのが 現実だ。もちろん健全な宗教活動であっても、宗教と言うだけで弊 害となろう。論文ではボランティア活動はECが低いとしている点 注意すべき点である。

この論文の結論は、異なった社会的経済ステータスSESの経済的結 合ECによる上方移動である。そのために必要な橋渡しbridgeであ るとしている。

都市政策では橋渡し政策として、図書館、公園の構造変化、人のき ずなが生まれる構造が必要としている。公共施設では構造的なバリ アフリー、ウォーカビリティーよりアクセシビリティである。老若 男女、所得格差、性別などの差別によるアクセス負荷をなくし、橋 渡しを実現することである。

かつてNYマンハッタンの都市再開発であるバッテリーパーク再開 発において、ワールドトレードセンター、フィナンシャルセンター に近接するメインの建物が低所得者層向けの住居センターであっ た。最終的には実現しなかったが、当時から都市政策が理解されて いたわけだ。

今回は、論文紹介だから言えるが、都市管理政策には非常に難しい テーマだ。しかし理屈としては理解してなくてならない重要な検証 結果である。論文で検証された内容は、日本の既存の政策とは真逆 のものが多い。これらがFacebookと言うビックデータから検証さ れた意義は大きい。

                         以上

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