ニュースレター
主筆:川津昌作
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イーロン・マスク、テスラの報酬8.8兆円
〈2024年7月1日〉
知の巨人、岡崎哲二氏(社会経済史学会会長)が日経教室で吠えま
くっていた。今世紀おきた過去二回の歴史的な円安と今回の円安と
を比較すると、今回の円安はメリットがない。と。過去2回とは
1930年の高橋是清インフレ、1940年代の戦後インフレである。
過去二回は、日本のインフレ高をアメリカの物価水準に整合するた
めに起きたものである。当時は円安が恩恵を被る輸出財産業の有職
者が63%、70%占めていたが、今回の円安では20%しかいな
い。むしろ輸入財の割高でデメリットの方が大きいわけだ。
過去二回は、農村の余剰労働力、戦後の失業者など、労働力が無限
にあったが、現在は人手不足でインバウンドなどの内生部門の労働
力を食ってしまいかねない状況である。デメリットが大きいわけ
だ。
そもそも今回の円安は、日米のインフレレベルの調整ではなく、日
本の異次元の金融緩和の出口が見いだせない問題で起きている。今
回の円安は、歴史的な国富の喪失につながる失政であることを示唆
している。
さて表題の件は、先日日経新聞で報道されていた内容である。大谷
の終身報酬が1000億円に驚く日本人としては、イーロン・マスク
がテスラから受け取る報酬8.8兆円は、ほぼ天文学的スプライズ
となる。ちなみにトヨタ会長の報酬は16億円である。
記事では、ここ10年で、米大企業のCEOの平均報酬が5倍に、
従業員給与の200倍になっているとしている。その結果、この所
得の分断が社会の分断を起こしているとしている。
今回の議論は、なぜこのような状況が生まれたのかと言う事であ
る。この議論はトマ・ピケティはじめ多くの論者が様々な議論をす
でにしている。トマ・ピケティの説明では、資産収益率降り資本収
益率が恒常的に上回っている状況に起因している。
私どもの考えは、近年30年余りにわたって、企業(資本)価値を
上げる技術革新が非常に進化してきたが、反対に労働者のフローで
ある資産所得(売上)の価値を上げる技術進化が、なおざりにされ
てきたことに起因すると考える。
金融資本主義と言われる、株主の一方的な暴利を要求する資本至上
主義とはまた違う考え方だ。
1990年ごろから、マイケル・ポーターの「経営戦略論」、デッビ
ト・アーカーによる「ブランド戦略」等々、大学院のビジネススク
ールで教えるビジネスモデルの革新的進化が起きた。
これら経営戦略論、ブランド戦略は、もちろん売り上げ向上にも貢
献するが、概ね企業(資本)価値の増大に貢献するものである。企
業価値が増大すると、それは会計上資本勘定の利益となる。
つまり特別賞与を得る立場、ストックオプションなどで株の保有・
資本を保有しているセクター、そもそもの資本家の価値が増加する
ことになる。企業価値の増大自体は、必ずしも企業のフロー所得に
直結しないわけだ。
例えば、企業ブランドの一つである企業・商品をPRするHP或い
はインスタグラムのいいね!を増えるように従業員が働いたとす
る。その結果増大したブランド価値は企業価値の増大となる。
企業価値が増大する要素として、もちろん売り上げの増大がある。
売り上げが増大すればフローが増大して、それは従業員の給与に大
きな影響をもたらす。
しかし企業価値の増大は、売上の増大だけでなく、様々な含み益、
ブランド・暖簾代、株価の市場評価によってもたらされる。これら
のフローの増大以外の企業価値の増大を実現する技術が経営・財務
戦略であり、ブランド戦略であったわけだ。
学際領域で言えば、企業関連の財務・ファイナンス学会だけでな
く、消費者行動を研究するマーケティング、商業、流通等々幅広い
学際領域で、財務・経営戦略、ブランド戦略論を研究し進化させて
きた。ビジネススクールイコール経営戦略、財務戦略、ブランド戦
略であった。
これらの立ち位置は、フローの増大よりは、むしろ企業価値の増大
に貢献し続けてきたわけだ。その結果、西側先進諸国あるいは成熟
した資本主義国家で、ジニ係数が40以上になる一方で上記のよう
な企業の役員報酬が増大する、いわゆる格差が生じし続けたわけ
だ。
更に、このように労働者の所得が増えない反動として、マルクス主
義への回帰、共産主義国家の優位性の主張が散見されるわけだ。
アメリカは資本主義の最も成熟した国家である。であるがゆえに冒
頭の所得の分断が、社会の分断にまで発展しつつあるわけだ。急進
的な労働者の所得回帰へのムーブメントである。
では労働者のフロー所得を改善する技術革新、イデオロギーは何か
と言う議論になると、どうしてもマルクス主義、或いは共産主義体
制の議論に流れてしまう。これが残念である。
マルクス主義は、極端に解釈すると「すべての価値の源泉は労働力
つまり労働者にある」となる。仮に企業が資本財として人、財、資
金を投入して利益を上げたとする。
人、財、資金と言う資本財の貢献に応じて、それぞれ報酬を支払う
のが資本主義である。マルクス主義では価値を生むのは労働であ
り、資金への配分報酬は単なる余剰価値の流用でしかないという考
え方になる。
したがって資本家に流れた報酬は、革命を通じて労働者に回帰させ
なくてはならない。この革命こそが社会主義の中心的イデオロギー
である。
価値の源泉が労働にあること自体は非常に美しい概念であるが、現
代ビジネスにおいては資本適正配分・移動こそが市場の効率性をも
たらし、資本がリスクテークを行い、資本の集約こそが規模の効率
性を担っている等々の貢献性を否定してまで、直接労働力へ報酬を
回帰する考え方は現実ではない。
倹約をすれば当然余剰利益は生まれる。この余剰利益こそが資本主
義の源泉である。
マルクス主義、社会主義に偏向しないビジネス革新としては、労働
者全員が資本家になる、いわゆるギグワーカーが市場のプレーヤー
になるような市場構造の確立のようなものが考えられるかもしれな
い。
経済成長を止めることなく、個人労働者、就労者も企業価値の成長
の報酬を得られるような、市場デザインの再構築が求められるわけ
だ。資本市場で就労者が食い物にされない投資デザインも求められ
る。
これは簡単な社会システムの変更ではない。今しばらくは、労働者
の所得と資本家の所得の乖離が続き、社会分断が社会問題を大きく
する所まで行きつくのかもしれない。
以上
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