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主筆:川津昌作
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市場の「中立金利」とは?

〈2024年12月15日〉

最近の質問の中から中立金利とは何かを議論したい。といっても金 融のテクニカルな話を避けて、一言で説明するなら「経済を低迷さ せることも、刺激させることもしない状態にある市場金利」であ る。

金利は安いければ、みんながお金を借りて事業を展開して市場が好 景気になる。逆に高くなれば市場に冷や水をかけたように景気が冷 める。その境目の均衡状態になる市場金利を意味する。市場金利で あるから名目金利を指す。

最近の論壇では、アメリカが概ね4%、EUが2.5%あたりにある と言われている。デフレに陥っている市場で2%以下。日本は1% 台が一番よくつかわれているようだ。日本の経済論壇、学会でも 「中立金利」の概念を使って多く議論されているが、海外程明確な 収斂はできていない感じがする。

アメリカでは金融当局が中立金利を多用して、市場との対話を行っ ている。したがって当然当局が現状の中立金利を明示できていなけ ればならない。しかし日銀は逆に明言を避けている。

不動産ビジネスには「自然空室率」とう指標がある。不動産ビジネ スに携わるプロなら自然空室率と言えば、簡単に中立金利も理解で きるはずだ。しかもプロならそれぞれ各人、各地域で自然空室率が 今どれくらいかを大体想定できているはずだ。

大家さん仕事を想定してほしい。例えば20戸のマンションの大家 さんにおいて、18戸入居している状況は90%の入居率で10%の 空室率である。何とかあと2戸募集して満室にしたいところだ。

しかし実際19部屋入居し、満室まであと一戸となると、急ぐこと はない。良い人がいれば入れたいが、賃料交渉を受けてまで急いで 入れる必要はないとなる。

むしろ賃料を上げて待機するなど、つまり募集のトーンダウンが起 きるわけだ。反対に15部屋しか入居できてないとなると、賃料を 下げてももう少し頑張りたいところだ。残り一部屋になったところ 空室率5%を切るか、切らないかで賃料を下げて募集を急ぐか、上 げて待機するかのある意味均衡状態が生まれる。

この均衡状態が「自然空室率」である。実務の世界では、一般にそ の市場の空室率が5%を切ると需給がひっ迫して賃料水準が上昇 し、5%以上となり空室が増えると需給が緩み賃料水準が下がると 言われている。

この自然空室率が市場の状況、地域差によって変動する。例えば、 市場性が高い東京都心のオフィス市場では、5%を切り4%台前半 が、需給が均衡する自然空室率となることが経験的に周知されてい る。東京都心では市場が加熱すると1%台にまでなることがある。

この市場のどこで均衡したかは、事後的に市場賃料の変動データか ら出すことができるがこれはあくまで事後的数字である。学者の間 では何らかの理論モデルを構築して、この均衡値を推定する試みも 見かける。

将来の自然空室率がわかっていれば、どういう状況で賃料が上がり 始まるかがつかめることができ、ビジネスには非常に役立つ。しか しこれまで見られた多くの研究では、有意な数値が見いだせず、そ もそも自然空室率自体が都市伝説ではないかと言う見解になってし まうことが多い。

不動産賃貸ビジネスの自然空室率と中立金利は、概念的には同じで ある。金利政策において市場経済を刺激することもない、停滞させ ることもない中立的な金利を意味する。自然空室率と同様に実務で は多用される概念である。

ただし政策においても、中立金利をどこに置いているかで、政策実 施の説明がわかりやすいため、海外の政策当局では積極的にこの中 立金利を使い市場とのコミュニケーションを図っている。

反対に、日銀は一般にこの中立金利の設定を避けたがっていると言 われている。日本の当局は市場との政策のコミュニケーションよ り、自分たちの政策実施の制約となるものを避けて、フリーハンド になりたがる傾向がある。

今では、経済新聞だけでなく、一般紙においても中立金利と言う言 葉が使用され、この言葉が中心に経済の論壇が増されることにな る。中立金利の使いかたを理解する必要がある。

例えば、自然空室率を使い不動産ビジネスの空き家問題を議論する と、一般に著名なエコノミストがいかにいい加減な能書きを言って いるかが理解できる。

今、「空き家問題は13%以上の空き家があり大きな社会問題なって いる。」これは空き家問題のステレオタイプの議論である。

しかし彼らの多くは自然空室率を想定していない。自然空室率がゼ ロの状態はどのような状態か?そこでは、転勤、結婚、進学などで 新しい赴任地に住居を探そうとしても、空き家がゼロである為、だ れも転入ができないわけだ。

仮に、空き家が1-2%しかないところで、それ以上の転入希望者 が殺到すれば、家賃が上がることは容易に想像できる。ではどの水 準が、需給が均衡する自然空室率だろうか?となる。

これも上述のように、学際領域で理論的な数値は出ていないが、実 務者の間では、住居の自然空室率は概ね5-8%が使われている。 市場性の高いところで5%、低いところで8%が妥当だろう。5- 8%と言うレンジが広いが、地域性、市場性の特徴により幅があ り、都心、地方の差だけでは一概に判断できない。

地方で自然空室率が8%とすると、高齢化率30%以上の日本社会 では、空き家率13%は大したことではないじゃないか?となりが ちである。しかし、現実に空き家問題は大きな社会問題となってい る。

これは、あえて結論を先に言えば「空室率」問題と「空き家」問題 の違いである。13%-8%=5%の中身の問題である。空室率が均 衡上状態の8%を大きく超えて13%になっているのであれば、そ れは様々な景気循環の中でありうることであり、大騒ぎずる必要は ない。

空き家問題も本質的な問題は、賃貸市場で募集待機している住宅 と、所謂廃屋が区別されていないところになる。もちろん一般的に いわれている空き家13%は、賃貸待機組の空き家と定義されてい る。現実には、賃貸待機組に値する市場価値を持ち得ていないもの が多く含まれているのである。

実際に空き家と言われている多くが市場価値を持たず、凡そ賃貸市 場に参入できない住宅が5%どころかむしろ10%以上あるのでは ないか?と言う考え方ができる。

本当に賃貸住宅が13%空いているのであれば、賃料は下がり、そ れどころか持ち家需要も高くならないはずだ。見かけ上ではなく実 際の空き家率が低いからこそ、賃貸市場の賃料は大きく変動する。

「空き家率13%」問題の本質は、戸建て住宅の多くが一度空き家 になると賃貸市場価値をなくし、有効な貸家から脱落してしまうケ ースが多いことにある。或いは老朽化した分譲マンションが建て替 えもされず、市場価値をなくしてもそのまま市場で存在しているこ とにある。

それがまた新築市場のニーズを高め、その先にまた過剰な市場で価 値を失う住宅の増殖になる。

まず日本では、住宅として使用中に、市場価値を高めるような有効 なリフォームができない。上質が大工の減少、建築基準法・消防法 などの規制問題、そして借地借家法などの制約条件が住まなくなっ た家の賃貸市場への有効な参入を妨げてしまっている。

住宅持ち主が、持てあますような廃屋、古屋になって始めて、賃貸 市場に出てくる。当然借り手はない。このような結論は、自然空室 率が実務市場で有効に利用でき、それを使って現状分析できて初め て到達する結論である。

アメリカでは有効なリフォームの手段が多くあり、リフォーム・リ ノベーションで再投資した住宅の価値が再評価される。その再評価 価値に新しいファイナンスが付く住宅投資市場が整備されていれ ば、貸家が廃屋・古屋になることはない。

日本には住宅流通市場はあるが「住宅投資市場」はない。これが 「空き家率13%」問題の本質である。そしてこれは自然空室率と 言う概念が使えて初めて到達する解決である。

金融の世界には既に投資市場とファイナンス市場の区別が出来上 がっている。「中立金利」概念が、特に学際的領域ではなく実務 市場で共通の指針となり、実効性持てば、闇雲に金利変動リスクを 連呼するのではなく、また違った資本市場の景色が見えてくるはず だ。

以上

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